「2020年までに国等の審議会委員の4割以上を女性に」という記事を読んで考えたこと。
以下は、某所に書いた記事を大幅に手直ししたものです。
新聞によれば、国は「国の審議会等に占める女性委員の割合を2020年までに4割”以上”にする」という目標を打ち出したそうだ。2000年に男女共同参画推進本部が決定した目標である「2005年度までに3割」という目標を達成したために新たな目標を定めたのだという。猪口男女共同参画社会担当大臣は、「既存の目標は達成したので、各省庁とも、その勢いを保って欲しい。政府として”率先垂範”の自負で取り組む」と述べたそうだ。別館で扱っている「女性専用車」も本当は”痴漢対策”というよりも、頭の悪い国交省の役人が「我が省も何かせねばならんべな」と考えて、作り出したものなんじゃないだろうか?(「女性専用車」の”痴漢対策”としての不自然さについては別館参照)
それにしても、男性の地位向上についてはどうなっているのだろうか?
例えば、東京都が2000年頃行った調査によれば、都内のホームレスの98%が男性だったという。勿論、東京都の報告は、これを「性別格差」、「男性問題」とは捉えていない。しかし、もし、逆にホームレスの98%が女性だったら、どうだっただろうか?「女性問題」、「女性が抑圧されている証拠」として大騒ぎしていたのではないだろうか。是非、ホームレス問題を「男性問題」と捉えて、ホームレスに占める男性の割合を2020年までに6割以下にまで下げるという目標でも定めて欲しいものである(半分皮肉、半分本気です)。
そもそも、男女共同参画社会基本法には、「この法は、女性の地位向上のみに適用される」とは一言も書いてない。同法第2条の用語の定義によれば「男女共同参画社会の形成」とは、「男女が、社会の対等な構成員として、自らの意思によって社会のあらゆる分野における活動に参画する機会が確保され、もって男女が均等に政治的、経済的、社会的及び文化的利益を享受することができ、かつ、共に責任を担うべき社会を形成することをいう。」のだそうだ。
この定義に照らして、まず言えることは、公共交通などに「女性専用(車)」を設けることは上記の「男女共同参画社会の形成」に反しているということである。
加えて、男性であるというだけで、(私営の)お店等で、女性と同じサービスが受けられないというのは、「均等に・・・経済的、社会的及び文化的利益を享受することができ」ないということであり、これもまた、「男女共同参画社会の形成」の趣旨に反しているということである。
ところが、地方公共団体の男女共同参画委員会(?)とかいうところに「お店などにおけるレディースデーは男性差別だ」と申し立てても「それぞれの店の私的商売上の戦略である(だから共同参画の知ったことではない)」などという答えが返ってくるのだという。しかし、それだったら、(私的ではない)公共交通で露骨な男性差別(例えば、女性専用車)をしてはならない筈である。ところが、そのやってはいけないはずのことを先導しているのが当の「男女共同参画」だというのだから、お話にならない。今さら書くまでもないことだが、「男女共同参画」の正体見たり、である。
「男女共同参画」が真の意味での「男女共同参画」ならば、例えば、事実上女性優位の消費分野において、男性が女性と同等の「経済的、社会的及び文化的利益」(同法2条一号)を享受するために「事業者は”一部のやむをえない例外を除き”男女に同じサービスを同じ対価で提供しなければならない」というような法律、条例(以下、「男女消費機会均等法」と呼ぶこととする。)の立法が考えられてもよいと思うのは私だけだろうか。
この法に問題点があるとすれば、そのような法律は、憲法の保障する「営業の自由」に反するのではないか、という事が考えられる。しかし、
第一に「営業の自由」は所謂「経済的自由権」に属する人権であり、「経済的自由権」は「社会権」などとの兼ね合いから、人権カタログの中では比較的広範な制限が許されていること。
第二に、(以下は、憲法学などの偉い先生がおっしゃっているわけではなく、私が考えているだけなのだが)、現代の高度消費社会において「消費する権利」は「人権」であると考えられること。
などを斟酌すれば、社会法として男性の人権を保障し、真の男女共同参画社会にも資する筈の「男女消費機会均等法」は違憲とは言えないものと考える。
しかし、現実には、政府は、「女性の地位向上」では説明がつかない「女性の特権」としかいいようがないものを作ることに夢中で、男性の人権など、そっちのけ。一方の国民(の多く)は、政府の進める「男女共同参画」を文字通りの意味に受け取って疑わない、という状況のように思われる。
長々と書いてきたが、閑話休題。
それにしても、インターネット検索で「男性の人権」を検索しても、「男性固有の人権問題」を扱ったサイトではなく、フェミ丸出しのサイトばかり出てくることに慄然とする。
例えば、「フランス人権宣言は、全ての人の人権に関する権利宣言のように思われているが、実は、男性の人権を認めたに過ぎなかった・・・・(以下、フェミ流の論調が続く・・・・)」と言ったような調子のサイトばかりが出てくるのである。
そして、これらのサイトの多く(というよりも”殆ど”と言って良い)に共通するのが、政府、地方公共団体の男女共同参画についてのホームページだということである。
私を1980年代に悩ませたのは、どちらかといえば「商業的女性礼賛」だったと思う。しかし、ここへきて「官製フェミ」が主流になろうとしているのではないか?そんな気がするのである。
(勿論、「商業的女性礼賛」も続いている。そして、官製フェミと共犯関係を作り上げようとしているのである。)
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